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初恋のひとをみかけたときのように ~ 舟越桂 私の中のスフィンクス

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10年以上も前に見たときと変わらず、舟越桂の木彫はそこに在った。
音が吸い込まれていくように感じるほどの静けさの中、たたずむ姿。

三重県立美術館 企画展示室で行われている【舟越桂 私の中のスフィンクス

1951年盛岡市生まれの舟越桂は日本を代表する具象彫刻家である。

父は舟越保武氏。保武氏もまた彫刻家でありキリスト教に題をとった作品が多い。

今回は1980年代から最新作まで、変化を追って展示している。

平日の展示室は人もまばら。皆、息をひそめるように作品と向き合っている。

ワタシも久しぶりの対面?に少し緊張。初恋の人の前かってくらい。

初期作品は見た目は美しい人の姿をしているがどこか現実離れしている。
そこに確かにあるのに触れられないもの、手を伸ばせば触れられるのに。
(実際、美術館では触れられないという話ではなくて)
もどかしいくらい遠い。
楠から彫りだされた肌は、脈打っているかのようになめらか。
温かみさえありそうだ。今にも語り出しそうな口元。
大理石の眼球はわざと外側に焦点をずらしてある。
視線があってしまわないように造られている。
目の前にある遠い存在。

年を重ねるにつれ「異形」と表される作品が増えていく。
双頭であったり、男女が混じっていたり、獣じみていたり。
その延長線上に今回のメインテーマとなっている「スフィンクス」があった。

でも、見た目が「異形」であるばかりが「異形」なのだろうか。
初期作品のこの世のものとは思えない遠い存在感は?
「異形」へと変わっていったのではなく、続いていったのではないか。
饒舌に語ろうとはしないものの前に立ち、ただ目を凝らす。
耳をそばだてて、静かな訴えを聴きとろうとする。
出会った頃と変わらずその距離が縮まることがなくても。